広島高等裁判所 昭和33年(ネ)147号 判決 1959年2月23日
控訴人 株式会社 三及
被控訴人 中松久務
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は「原判決を取消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする、」との判決を求め被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。
当事者双方の主張及び証拠の関係は、双方代理人において次の通り述べた外、原判決事実摘示と同一であるから、こゝにこれを引用する。
第一、控訴人の主張
一、登記手続に瑕疵がある場合、その登記が有効であるか無効であるかは、その登記が実体的な権利関係に符合するか否かによつて決すべきものである。不動産の登記は権利の変動を公示して取引の安全を期するものであるから、その登記によつて公示される権利の変動が有効に行われている以上、その登記は形式的には違法であつても有効に対抗力を有し、その抹消を請求することは許されない。仮に右の場合、登記が有効であるためには登記義務者の申請意思を常に必要とするものとすれば、取引の安全のための登記制度がかえつて取引の安全を害することとなり、登記制度本来の目的に反することとなる。
二、登記申請行為は準法律行為であるから、これにつき表見代理の規定が準用せられるべきものである。従つて、本件の場合の如く実体関係につき表見代理の成立する以上、本件登記についても表見代理の規定の準用により被控訴人においてその責に任ずべきものである。
三、本件実体関係が有効である以上、被控訴人は控訴人に対し根抵当権設定登記をなすべき義務を負うているものであるから本件登記の抹消登記手続を求める訴の利益を有しない。
第二、被控訴人の主張
一、本件不動産に対し西日本相互銀行のために設定せられていた根抵当権設定登記の抹消登記手続をなすにつき、被控訴人は塩田信雄を使者として同人に右手続に必要な書類を持参せしめたのに過ぎない。従つて、塩田と控訴人との間の本件取引につき表見代理の規定の適用の余地なく、表見代理は成立しない。仮に、塩田が被控訴人の代理人であつたとしても、その代理権は西日本相互銀行のための右根抵当権登記の抹消登記手続の完了により消滅したものである。塩田はその後において勝手に被控訴人の印章を偽造しこれを使用して控訴人と本件取引をなし本件不動産に根抵当権を設定したものであるから、これに対し民法第百十条の適用せられないことは明らかである。
二、仮に塩田が被控訴人の表見代理人として控訴人と本件根抵当権設定契約をなしたものであるとしても、本件根抵当権設定登記は偽造文書によりなされたものであり被控訴人の意思に基ずかないものであるから、無効のものである。
三、仮に控訴人主張の如く、被控訴人が右の如き無効な登記の抹消を請求する訴の利益を有しないものとすれば、登記義務者の登記申請意思を無視して登記権利者が勝手に偽造文書により登記をなし得る結果となり、登記法の体系を乱すこととなるのであるから、控訴人の主張は失当である。
理由
当裁判所は被控訴人の本訴請求を正当として認容すべきものと認める。そしてその理由は、以下(一)ないし(四)を附加する外、原判決理由に判示せられたところと同様であるから、これを引用する。
(一) 被控訴人が本件根抵当権設定契約につき表見代理の規定により責任を負うべきものであることは原判決認定の通りであつて、塩田信雄が西日本相互銀行のための根抵当権設定登記の抹消登記をなすにつき被控訴人の単なる使者に過ぎなかつたものと認めることはできない。また、塩田が被控訴人の委任によりなした右根抵当権登記の抹消登記と本件根抵当権設定登記とが同じく昭和三十年十二月六日になされたものであることは成立に争のない乙第二号証、乙第三号証中成立に争のない登記官吏作成部分によつて明らかである。そして原審における証人塩田信雄の証言、控訴会社代表者本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、本件根抵当権設定契約の成立した日は同月五日であることを認め得る。従つて、本件根抵当権設定契約の成立した当時、塩田が前記西日本相互銀行のための根抵当権登記の抹消登記手続をなすにつき被控訴人より与えられていた代理権は消滅していなかつたものであるから、塩田と控訴人との間の本件根抵当権設定契約に民法第百十条の適用せられない旨の控訴人の主張は理由がない。
(二) およそ不動産に関する物権変動の登記は、その物権変動の当事者の意思に基ずいてなされることを要する。全く登記義務者の意思に基ずかず偽造文書の行使等によりなされた登記は、たとえそれが実体法上の物権変動に符合していても、何等効力を有しないものといわねばならぬ。そして、本件根抵当権設定登記は、原判決認定の通り塩田信雄が被控訴人の印章を偽造しそれを使用して作成せられた偽造の被控訴人名義の登記手続申請委任状によつてなされたものであつて、全く被控訴人の意思に基ずかないものであるから、たとえ表見代理の規定により本件根抵当権設定契約につき被控訴人がその責任を負うべきものであり本件登記が実体的な権利関係に符合するものとしても、本件登記は無効のものである。
(三) 登記の申請は、登記権利者及び登記義務者が共同してこれをなすのを原則とする。しかし、登記申請行為は国家機関たる登記所を相手方としてなす一種の公法上の行為であつて、単純な私法上の法律行為ではないから、これに対し民法の表見代理に関する規定は適用或は準用せられないものと解するのを相当とする。従つて、右に反する控訴人の主張は理由がない。
(四) 本件根抵当権設定登記が無効のものである以上、控訴人は本件不動産の所有者たる被控訴人に対しこれを抹消すべき義務を負うことは当然である。もつとも、本件根抵当権設定契約につき被控訴人がその責に任ずべきものとすれば、たとえ本件根抵当権設定登記が抹消せられても、再び控訴人より根抵当権設定登記手続を訴求せられ、被控訴人は再び本件登記と同一内容の根抵当権設定登記をなすべきこととなる可能性が多分に存する。しかし、本判決の理由は既判力を生じないのであるから、別訴において或は新証拠資料の提出事実認定及び法律解釈の違いその他の理由により被控訴人が本件根抵当権設定登記義務を負わないものと判定せられる可能性が全く存在しないものということはできない。従つて、本訴における認定の結果、被控訴人に本件根抵当権設定登記義務があるという一事により、被控訴人に無効なる本件登記の抹消登記手続を請求することにつき訴の利益がないものということは許されない。
よつて、原判決は相当であつて本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 岡田建治 佐伯欽治 松本冬樹)